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瑞泉寺 山門

撮影日:2010/02/07
撮影地:井波別院 瑞泉寺 山門(富山県南砺市)
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井波別院瑞泉寺は明徳元年(1390年)の創建で、真宗大谷派の別院です。京都東本願寺のいわば北陸支店のようなものでしょうか。
戦国時代には当時盛んだった越中一向一揆の拠点とされたこともありました。また天正9年(1581年)には織田信長の北陸方面軍、佐々成政の焼き討ちに遭い堂宇を焼失、その後も宝暦12年(1762年)と明治12年(1879年)の2度にわたる井波の街の大火により伽藍の多くが類焼してしまいましたが、その都度井波職人らの手による彫刻で飾られた壮麗な伽藍が再建されました。

山門は宝暦の大火ののち天明5年(1785年)に京都の名大工柴田新八郎を招いて再建の斧始めとなるも、その途中で本山東本願寺が全焼してしまったために柴田が京に戻されてしまい中断、松井角平が棟梁を受け継いで文化6年(1809年)に上棟式を行ない見事に完成させました。



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撮影日:2010/02/07
撮影地:瑞泉寺 山門 唐狭間の竜(富山県南砺市)
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井波の職人たちの間では、壮麗な寺院の堂宇の欄間を特に唐狭間(からさま)と呼んで区別しています。この山門の唐狭間には、いまにも飛び出してきそうなまでに生き生きと描かれた竜の彫刻があります。そして実際に明治12年の大火の折には、この竜が唐狭間より飛び出してきたといいます。

(山門の類焼を防いだ彫刻の竜の話 - 八日町通り入口の案内彫刻より)
あわや山門が類焼か!その時 彫刻の竜が抜け出し水を吐き 一挙に火を消す
At the moment that the main gate of the temple was about to be burned down in a spreading fire, a dragon came out from the carvings of the gate and extinguished the fire in a instant.



撮影日:2010/02/07
撮影地:井波別院 瑞泉寺 山門 境内側より(富山県南砺市)
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上述の伝えにもある、山門正面に向かって彫刻の竜がその口から水を吹き上げて消火したときの古井戸とその際に身を留めた昇竜の松とがいまも山門脇に残っています。



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