1枚の写真

写真ブログ。気の向くままに撮った風景など...。

桜咲く風景~清水観音堂と秋色桜

撮影日:2009/04/06
撮影地:上野恩賜公園 清水観音堂(東京都台東区)
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きょうの写真も在庫から...。

上野のお山(現 上野公園)にある秋色桜(しゅうしきざくら)は、清水観音堂脇にあって少し濃いめのピンク色が目に鮮やかな八重です。
江戸の初期より花見の名所であった上野のお山で詠まれた数え13歳の少女俳人・お秋(俳号は菊后亭秋色)の句「井戸ばたの あぶなし 酒の酔」が評判となり、その句を結んだの木は「秋色桜」と名づけられました。

秋色桜についての詳細は「秋色桜-上野公園 その2」の記事をご覧ください。


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桜咲く風景~旧岩崎邸

撮影日:2009/04/06
影地:旧岩崎邸の庭より(東京都台東区)
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前回に続き、きょうの写真も在庫より...。

明治から昭和にかけての実業家、岩崎久弥のかつての住宅となる旧岩崎邸。東京上野池之端の丘の上に建つこの屋敷は明治29年(1896年)に竣工しました。
見るからに優雅なつくりの洋館の設計は、あの鹿鳴館や東京国立博物館などで有名なジョサイア・コンドルによるもの。南側のベランダには装飾を施された列柱が並び、全体的には19世紀後半のイギリス・ルネサンス風の様式をいまに伝えています。

旧岩崎邸洋館の南には広い芝生の庭が広がっています。染井吉野大島桜が数本植えられていて、春になると南向きの部屋の窓やベランダからこれらが咲くのを楽しむことができるというのは、まさに日本にある洋館ならではといった感じですよね。

旧岩崎邸 洋館2階客室からの写真「窓の向こう」はこちら


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もうすぐ桜の季節です。

撮影日:2009/04/06
撮影地:清瀧院(千葉県流山市)
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関東でもぼちぼち桜が咲き始めました。東京では、昨年よりも1日遅い21日に靖国神社にある染井吉野の標準木の開花が確認されましたが、その後はあまり天候のよくない日や寒い日が続き開花状況はいまいちです。

本日の写真は、昨年撮った千葉県流山の清瀧院にある枝垂桜。樹高およそ10メートル、幹囲1.5メートルの立派なもので、樹齢400年にもなるといいます。なによりも放射状に広がる枝振りが実に見事です。
ライトアップに合わせて訪れたので日が暮れる前のひとときの様子なのですが、写りはちょっといまいちかな...(汗)

清瀧院 枝垂桜のライトアップ写真はこちら


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【特別企画】花見山の春

撮影日:2009/04/11
撮影地:花見山公園(福島県福島市)
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写真家の故・秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と絶賛した花見山。春の訪れとともに小高い丘には寒緋、彼岸、山花桃木蓮連翹など色とりどりの花々が一斉に咲き揃い、もう見事としか言いようがありません。しかもこちらの花木栽培農家の方のご好意で、この百花繚乱たる花の山を無料で開放してくれているのです。

昨年の春、この花見山公園を訪れるようになってから3度目にして、ついに花に埋め尽くされた光景を目にすることができました。しかしながら都内を中心に撮影したの写真を掲載し続けているうちに、いつしか花見山の写真を公開する機会を逸してしまいました。それからおよそ1年ほど経ってしまいましたが、今回一挙公開させていただくことにしました。

ちなみに、今年はといえば3月25日現在で福島に降雪があったようで、山も薄っすらと雪に覆われているようです。「花見山の春」まではいましばらく待たされることになりそうですね。



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青梅の「梅」のはなし その2

撮影日:2010/03/14
撮影地:金剛寺(東京都青梅市)
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(以下、案内板より)
東京都指定天然記念物 金剛寺の青梅
 所在地 青梅青梅一、〇三二 金剛寺内
 指 定 大正十一年六月
 平安時代に活躍した平将門の伝説を持つ古木であるが、現在では完全に老衰期にある。
 このは季節が過ぎても黄熟せず、落実まで青く、このため「青梅(あおうめ)」と称せられ、青梅市(おうめし)の名称もこれによって付けられたといい、いわば青梅市の象徴でもある。
(以下略)

青梅の由来となった青梅市天ヶ瀬町にある金剛寺の「将門誓いの梅」。関東に数多く残る平将門伝説ゆかりの梅で、「青梅」という地名の由来ともなった梅の古木です。上に引用した現地の案内板の記載のとおり実が青いまま色づくことがないことから、将門の怨念がそうさせているのだなどとも言い伝えられているそうです。もっとも、こういった現象は植物学的には稀に存在するらしく「稚態保留」という突然変異の一種とされています。

以前にも紹介しましたが、この「将門誓いの梅」は根分けされ吉野梅郷にもたらされて「親木の梅」となりました。
※「将門誓いの梅」のいわれと「親木の梅」についてはこちらの記事をどうぞ



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青梅の「梅」のはなし その1

撮影日:2010/03/14
撮影地:吉野梅郷 の公園を望む(東京都青梅市)
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東京都青梅市。西多摩から奥多摩と呼ばれる地域にかけて属する青梅は、通常「東京」と聞いて我々が思い浮かべる大都会のイメージとはまったく異なった感じのする場所の方がむしろ多い町です。とはいえ、JR青梅線の駅でいうと河辺(かべ)のあたりは都心へと勤める人たちのベッドタウンでマンションが立ち並ぶようなところですし、反対に一番奥の御嶽(みたけ)まで行ってしまえば、環境省の名水百選にも選定されているエメラルドグリーンの淵を湛えた御岳(みたけ)渓谷や山岳信仰で名高い御岳山など奥多摩の自然に彩られた四季折々の姿を楽しめるところにまで市域は広がります。

吉野梅郷は、日向和田から二俣尾くらいまでの山間に広がる比較的平坦な土地に東西に拓けた青梅市内でも有数の梅の里です。梅の花が咲く2月中旬から3月下旬にかけて(※年により異なる)、いまでは本当に多くの観光客が訪れるまでに有名になりました。中でも昭和47年(1972年)に青梅市によって造成・整備された梅の公園は、120種・1,500本もの紅梅、白梅、桃色の梅など色とりどりの梅が斜面いっぱいに咲き誇り、すっかり観光のメインとなりました。
しかしながら、元来この吉野梅郷(地元の方は単に「梅郷」と呼ぶことが多い)で古くから栽培されていたのは、前回の記事でも触れた「梅郷」という実を採るための白梅です。


【参考】青梅市内のJR青梅線駅名:河辺、東青梅、青梅、宮ノ平、日向和田、石神前、二俣尾、軍畑、沢井、御嶽



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梅郷

撮影日:2010/03/14
撮影地:吉野梅郷(東京都青梅市)
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青梅吉野梅郷に元々からあったのは「梅郷(ばいごう)」という白です。市内畑中(駅で言うと青梅のひとつ先の宮ノ平辺り)の原産種といわれており、昭和44年に農林水産省登録品種として認定されました。
花付きがよく、また香りも強い、白色中輪の一重咲きで、2月中旬から3月下旬にかけて開花します。
※花のアップはこちら

梅郷はまた実を採るための品種でもあるので、吉野梅郷の集落内の梅林の木々はどれもとても丈が低くなるように育てられています。そしてこれらの花が咲く中を散策していると、ほのかな梅の香りが漂ってきてとても気持ちの良い気分にさせられるのです。



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【特別企画】吉野梅郷 梅の公園 2010

撮影日:2010/03/14
撮影地:吉野梅郷 梅の公園(東京都青梅市)
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昨年は訪れることのできなかった吉野梅郷へ。

例のごとく、最大の見どころともいえる梅の公園にも行ってきました。この日は前日まで一部7分咲きだった公園内のがすべて満開となりました。まさに「賞梅」という言葉が相応しい頃合いで、天気もよくて陽の光に照らし出された色とりどりの梅の花が輝いて見えました。

梅の公園内の全景は、以前やはり特別企画を組んでご紹介しましたので(※記事はこちら)、今回はそのときのものとはひと味違ったズームで撮った写真に絞って掲載することにしてみました。色の競演ともいうべき梅の花が織りなす花錦。どうぞご覧ください。



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立石寺 五大堂からの眺め

撮影日:2010/02/21
撮影地:立石寺 五大堂からの眺め(山形県山形市)
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山寺最大の眺めといえば、やはりなんといってもこの五大堂からの景色でしょう。そういえば、昔JR東日本のCMでもここからの景色が紹介されていました。

五大堂は断崖から迫り出すように建てられた舞台造の建物で、さながら屋根付きの展望台といった感じの趣きでしょうか。仙山線山寺駅のホームからはこの五大堂がよく見えるだけあって(※記事はこちら)、反対にこちらからもよく駅のホームが見えます。それなりに高度感を伴うので高所恐怖症の方はご注意を(笑)
この日は眼下がまだ雪に覆われたところも多くて、冬ならではのなかなかに美しい眺めを楽しめました。



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立石寺 奥之院

撮影日:2010/02/21
撮影地:立石寺 奥之院(山形県山形市)
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長い石段を登りきった先に奥之院があり、立石寺を開山した慈覚大師が中国での修行中に持ち歩いた釈迦如来と多宝如来を本尊としています。現在のお堂は明治5年(1872年)の再建。

途中、凍結した石段で滑って転ぶ者続出だった中せっかくここまでやってきたので全員揃ってこの奥之院の前で記念撮影をと思ったのですが、持っていった三脚の調子が悪くうまくいかなかったため、ここでも私は撮影する側に徹しました(笑)



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立石寺 仁王門

撮影日:2010/02/21
撮影地:立石寺 仁王門(山形県山形市)
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奥之院までの長い石段の中ほどにあるこの立派な仁王門は、江戸時代末の嘉永元年(1848年)に再建されました。欅材の優美な門で、左右に安置された仁王尊像は運慶の弟子たちの作といわれ、邪心をもつ者は登ってはいけないと睨みつけています。後方の閻魔王がこの門を通る人たちの過去のおこないを記録するといいます。

実はこの門を潜ったすぐ上に石段がひどく凍りついたところがあって、我々の仲間を含め滑って転んでしまう人が跡をたちませんでした。閻魔様が見ていたからなのかどうかはわかりませんが、幸いにも日頃のおこないの良い私は転ばずに済みました(笑)



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立石寺 根本中堂

撮影日:2010/02/21
撮影地:立石寺 根本中堂(山形県山形市)
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(以下、案内板より)
(前略)
 正面の大きな建物は、国指定重要文化財の根本中堂である。延文元年(一三五六)初代山形城主・斯波兼頼が再建した、入母屋造・五間四面の建物で、ブナ材の建築物では日本最古といわれ、天台宗仏教道場の形式がよく保存されている。
 堂内には、慈覚大師作と伝える本尊の木造薬師如来坐像をはじめ、文殊菩薩、毘沙門天などが安置され、伝教大師が中国から比叡山に移した灯を立石寺に分けたものが、今日も不滅の法灯として輝いている。織田信長の焼打(※ママ)で延暦寺を再建したときには逆に立石寺から分けたという、不滅の法灯を堂内で拝することができる。

あきらけく のちのほとけのみよまでも ひかりつたえよ のりのともしび



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山寺立石寺へ

撮影日:2010/02/21
撮影地:JR山寺駅より立石寺を望む(山形県山形市)
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旧来の友人たちとともに、山寺の通称でしられる宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)を訪れました。

立石寺は天台宗の寺院で、古来より悪縁切り寺としても信仰を集めてきました。山肌に廻らされた1,000余段におよぶ石段とその途中に配されたいくつもの堂宇とはまさに「山寺」の名に相応しいものです。その独特な景観から国の史跡・名勝にも指定されています。
古くは「りうしゃくじ(りゅうしゃくじ)」と呼ばれ、松尾芭蕉もかの『奥の細道』の旅の途上ここを訪れました。そのときに詠まれた「閑(しづか)さや巖(いは)にしみ入る蝉の声」の句はあまりにも有名ですね。今回はそのときとは真逆の冬の季節にここへやってきました。途中石段が凍結していたりして、スッ転ぶ者続出でした(笑)



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瑞泉寺 山門

撮影日:2010/02/07
撮影地:井波別院 瑞泉寺 山門(富山県南砺市)
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井波別院瑞泉寺は明徳元年(1390年)の創建で、真宗大谷派の別院です。京都東本願寺のいわば北陸支店のようなものでしょうか。
戦国時代には当時盛んだった越中一向一揆の拠点とされたこともありました。また天正9年(1581年)には織田信長の北陸方面軍、佐々成政の焼き討ちに遭い堂宇を焼失、その後も宝暦12年(1762年)と明治12年(1879年)の2度にわたる井波の街の大火により伽藍の多くが類焼してしまいましたが、その都度井波職人らの手による彫刻で飾られた壮麗な伽藍が再建されました。

山門は宝暦の大火ののち天明5年(1785年)に京都の名大工柴田新八郎を招いて再建の斧始めとなるも、その途中で本山東本願寺が全焼してしまったために柴田が京に戻されてしまい中断、松井角平が棟梁を受け継いで文化6年(1809年)に上棟式を行ない見事に完成させました。



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