1枚の写真

写真ブログ。気の向くままに撮った風景など...。

水晶岳

撮影日:2008/08/22
撮影地:真砂岳付近より水晶岳を望む(富山県、長野県)
別ウィンドウで写真を拡大(640×480ピクセル)


水晶岳
日本百名山のひとつ黒岳は、水晶岳という美しい名で呼ばれることの方がむしろ一般的です。
かつては水晶やザクロ石(ガーネット)を産出することでしられたこの山も、いまでは登山者を静かに迎え入れてくれます。
水晶岳北アルプス裏銀座縦走路の途上にある水晶小屋が立つ赤岳から少し逸れて、読売新道方面に進んだところに聳えます。この山は双耳峰で、三角点のある北峰は標高2,977.7メートル、それより10メートルほど高い2,986メートルの南峰が最高点となります。全国で23番目の高山で(山の勘定のしかたにより順位は多少前後しますが)、富山県内では立山、剱岳につづく第3位の高所となります。
古くは水晶岳以外に、中岳剣、中剣岳、六方石山などとも呼ばれ(中岳は赤岳の古称)、加賀藩越中奥山廻りの記録にもその名を残しています。

この山の別名「黒岳」というのは、明治40年(1907年)の夏に志村鳥嶺がおこなった裏銀座縦走の際の紀行文『日本アルプス縦走記』の中の次の記述、「崇高、雄偉、日本アルプス中稀に見る、高さ鷲羽に譲らず、黒部川の水源をなすところの一霊峰を発見、同伴の信州の人夫、類蔵もその名を知らず、地図を探るも、何れも実際に適せるものなし...後日研究の結果、黒岳と命名...」に由来します。
以前、鷲羽岳の命名についての記事でも似たような話題に触れましたが(※記事はこちら)、この黒岳の名もやはり近代北アルプス登山のパイオニアらが歴史的事実を捻じ曲げて(あるいは、きちんとした確認を怠って)つけた呼称に過ぎません。ただ、鷲羽岳のときとは違って黒岳の名が一般的なものとはならなかったのは歴史的にみればむしろ幸いなことであったといえるのかもしれません。もちろんそれには、水晶岳という美しい呼称がすでに存在していたのだということが大きな意味をもっていたのではないかという気もするのですが...。

ところで、上の写真で眼下に見えるのは五郎池です。この池を見下ろしながら、遠く水晶岳を眺めつつ真砂岳を歩いていたとき、下りで右足を軽く捻ってしまいました。それでも構わずそのまま進んでいき赤岳へと向かう痩せた尾根を歩いていると、またしても同じところを今度は強く挫いてしまったのです。完全な捻挫でした。
そして、それからあとは悲惨でした。右足を庇いながら歩みを進めているうちに無理な足運びをしていたからなのでしょう、酷い靴擦れを起こしてしまいました。捻挫の痛みと、足裏の靴擦れによる痛みとで、水晶小屋に辿り着いた頃には平らな場所を歩くのでさえ骨が折れるような状態になってしまっていました。この北アルプス最奥の地においてです...。



以下のランキングサイトに参加しています。
投票してくださる方は、バナーをクリックしてくださいますようお願いします。
にほんブログ村 写真ブログへ くつろぐ参加中 ブログランキング BestPriceブログランキング/カメラ

PageTop