1枚の写真

写真ブログ。気の向くままに撮った風景など...。

富士山麓 浅間神社巡り

撮影日:2017/04/16
撮影地:富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)
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昨夏に富士山頂の浅間大社奥宮で御朱印をいただいてからずっと考えていた事なのですが、このたび富士山麓に点在する浅間神社のうちで世界遺産の構成資産に選定されている8社を訪れる「浅間神社巡り」に出掛けてきました。
※「富士山頂の御朱印」の記事はこちら

今回の浅間神社巡りは静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社から開始し、山宮浅間神社、村山浅間神社、須山浅間神社冨士浅間神社(須走浅間神社)、北口本宮冨士浅間神社、冨士御室浅間神社、河口浅間神社の順に富士山からみて南回りに東へと辿っていくことにしました。

最初に訪れた富士山本宮浅間大社では境内の桜がまさに満開で見事でした。浅間神社の祭神である木花之佐久夜毘売命(コノハナサクヤヒメノミコト、木花咲耶姫命)はその名の通り桜の花を神格化した女神とされますから、旅の出発点からまるで祝福されているかのようで気持ちが上がりました(笑)
また実際この富士山の女神の祝福を受けての事なのか、この日は最後の河口浅間神社を詣でて帰りに河口湖畔に車を走らせるまでずっとくっきりと美しい富士山の姿が望まれたのでした。



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厳島神社の写真 一挙公開

撮影日:2017/02/25
撮影地:厳島神社(広島県廿日市市)
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ちょうどひと月前に訪れた宮島厳島神社の写真を一挙公開します。
どうぞご覧ください。



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安芸の宮島にいってきました。

撮影日:2017/02/25
撮影地:厳島神社(広島県廿日市市)
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金曜から日曜にかけて、安芸の宮島へいってきました。

ぜひまた行ってみたいと思っていた厳島神社へは実に9年4ヶ月振りの再訪となりました。
また、前回は滞在時間が短く干潮の風景しか見ることができなかったのですが、今回は念願かなって満潮時の海の上に浮かぶ社殿を見られて感無量でした。
そして、今回目にすることができて感じたのは「やっぱり厳島神社は満潮時の姿こそが美しい」という事でした。とりわけ紺碧の海に逆さに映る丹塗りの柱の数々が鮮やかでとても美しく、国内にとどまらず海外の人たちをも魅了する大変人気あるスポットであるというのも頷けます。

また、今回は厳島神社だけでなく多くの寺社を巡ったり、有名な平家納経の実物を目にしたり、海抜ゼロメートルからの弥山登山もすることができたりと、文字通り宮島を満喫できました。これから暫くは宮島の写真を掲載していく予定です。



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川中島八幡社

撮影日:2016/10/30
撮影地:川中島八幡社(長野県長野市)
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すぐ前の道路は何度となく車で通っていたにもかかわらず、これまで一度も訪れたことのなかった川中島古戦場。今回やっと脚を運ぶこととなりました。

この地でかの有名な川中島の戦いが5度にも渡り繰り広げられたというのは言わずもがなですが、その中でも武田信玄、上杉謙信両将の一騎討ちの伝説を生んだ第4次の八幡原での激戦が最も有名で、ここには八幡社が鎮座しています。



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富岡製糸場にいってきました。

撮影日:2016/10/29
撮影地:富岡製糸場 操糸所(群馬県富岡市)
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前々から訪れてみたいと思っていた富岡製糸場にいってきました。
ここは、2014年(平成26年)6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群 (Tomioka Silk Mill and Related Sites)」として世界遺産登録され、同年12月には操糸所および東・西置繭所の3棟の建物が国宝に指定されましたが、現在もなお修復・保存工事等の整備が続けられています。

富岡製糸場のような産業遺産は、京都や奈良などの寺社仏閣や姫路城のような城郭建築などと較べどうしてもその価値が把握し難いもののように思われるきらいがあります。
しかしながら、後に「生糸で買った軍艦でロシアを打ち負かした(=日露戦争)」などと言われるまでに至ったそれ以後の日本の発展を支える礎となった近代生糸大量生産が明治5年(1872年)に創業したこの官営製糸場を皮切りに始まったのだと思うと、やっぱりわが国の歴史に於いてこの場所がいかに重要な意味をもつものであるかをあらためて認識させられます。

写真の操糸所は明治5年の建築で、長さ140.4メートル、幅12.3メートル、高さ12.1メートルという当時としては巨大な建物です。実際に繭から生糸を取る作業がおこなわれた場所で、当時世界最大規模の製糸工場でした。
小屋根にはトラス構造という従来の日本になかった工法が用いられ、そのために建物内部は中央に柱のない広い空間が確保できているのです。また採光のための多くのガラス窓や、内部をペンキで白く塗っていることなどにより建物の内部が十分に明るくなるようにと工夫されています。



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白山比咩神社

撮影日:2016/08/17
撮影地:白山比咩神社 里宮(石川県)
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18日、19日の白山登拝を前に白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)の里宮を訪れて登山の安全を祈願しました。
白山比咩神社は加賀国の一宮で、霊峰・白山(はくさん)それ自体が崇拝の対象とされています。

白山比咩神社に祀られる菊理媛神(くくりひめのかみ)は白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)と同一視されており、全国に2,717社ある白山神社系の主祭神・白山(しらやま)さんとして親しまれています。
この菊理媛神ですが、記紀神話ではわずかに『日本書紀』の一書(あるふみ)の記載でのみ触れられているに留まりますが、黄泉の国のイザナミに会いにいったイザナギがその変わり果てた姿を見るに及んで逃げ出そうとしたときに黄泉平坂(よもつひらさか)で両神の言い争いをうまくとりなした女神という興味深い役回りを与えられています。
物事の縺れを正し、諍いごとをうまく鎮めた神様が祀られているからなのか、この神社は訪れてみてとても清潔感というか清涼感というかそんなものを強く感じました。とても私好みの神社だったと思います。



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奈良井宿、それと「ずいずいずっころばし」

撮影日:2016/07/31
撮影地:奈良井宿(長野県塩尻市)
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(以下、案内板より)
国選定重要伝統的建造物群保存地区 長野県塩尻市奈良井
 所 在 地 長野県塩尻市奈良井
 面   積 約17.6ha
 選定年月日 昭和53年5月31日

 奈良井は、戦国時代に武田氏の定めた宿駅となっており、集落の成立はさらに古いと考えられる。慶長7年(1602)江戸幕府によって伝馬制度が設けられて中山道六十七宿が定められ、奈良井宿もその宿場の一つとなった。
 選定地区は中山道沿いに南北約1km、東西約200mの範囲で南北両端に神社があり、町並みの背後の山裾に五つの寺院が配され、街道に沿って南側から上町、中町、下町の三町に分かれ中町に本陣、脇本陣、問屋などが置かれていた。
 奈良井宿は、中山道最大の難所といわれた鳥居峠をひかえ、峠越えにそなえて宿をとる旅人が多く「奈良井千軒」とよばれるほどの賑わいをみせた。現在も宿場当時の姿をよく残した建物が街道の両側に建ち並んでいる。
 建物の大部分は中二階建で、低い二階の前面を張り出して縁とし、勾配の緩い屋根をかけて深い軒を出している。屋根は石置き屋根であったが、今日はほとんど鉄板葺きである。二階正面に袖壁をもつものもあり、変化のある町並みを構成している。



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眠り猫

撮影日:2016/05/21
撮影地:東照宮(栃木県日光市)
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東照宮の東回廊の中ほど、奥宮への参道の入口となる潜門の上にある眠り猫。初めて目にする人は、かの有名な彫刻が実物はこんなに小さかったのかと意外に思うかもしれません。

この眠り猫の彫刻は、名工左甚五郎作として数多くの逸話が伝えられています。曰く、最初は目を開いていたとか、実は禅の悟りの境地を意味するのだとか...。一般的な猫の彫刻は、獲物を狙って殺気を漲らせているようなものが多いのですが、この東照宮眠り猫は、その名のとおり目を瞑っているのです。
それでは、猫が眠っているのはなぜなのでしょうか?牡丹の花に囲まれて日の光を浴び転寝(うたたね)をしているのは「日光」の名に因んでのことだともいわれますし、また眠っているように見えるこの猫も実は、ここに祀られる徳川家康を護るために足をしっかりと踏ん張っていつでも飛びかかれる態勢をとっているのだともいわれています。



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三猿

撮影日:2016/05/21
撮影地:東照宮(栃木県日光市)
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日光東照宮の建物群は数々の彫刻で飾られていますが、その中でも最も有名なものはといえば奥社入口を飾る「眠り猫」と神厩舎(神馬の馬小屋)にあるこの「三猿」でしょう。
“最も有名”などとは言いながらも、このふたつのうちのどちらかに絞るなんて事はとてもできそうにありません(笑)

三猿、すなわち「3匹の猿」というモチーフ自体は古代エジプトやインドやカンボジアのアンコールワットなどにも見られるものですが、明治以降この彫刻が海外に紹介されてからというもの世界的にもっとも有名な三猿のひとつとされるようになりました。実際、各国語版のウィキペディアなどを見るとこの日光東照宮三猿が筆頭に挙げられていることが多いようです。
三猿は別名「見ざる聞かざる言わざる」としてよく知られていますが、日本語だと偶然にも「○○ざる」と「猿」が掛詞みたいになっていてとても面白いですね。
この三猿、実は神厩舎を飾る8つの猿の彫刻のうちで2番目のもの。全体で人間の一生を表しているとされ、この「見ざる聞かざる言わざる」は幼少期を示しており「小さい頃には何にでも興味が湧くが、悪事を見たり、悪事を聞いたり、悪事を言ったりしない。良い事だけを受け入れて素直な心で育っていくように」という意味が込められているのだそうです。



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【特別企画】瀧尾神社

撮影日:2016/05/21
撮影地:瀧尾神社(栃木県日光市)
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瀧尾神社(たきのおじんじゃ)は、日光二荒山神社の別宮です。本宮、新宮(現在の二荒山神社)とともに日光三社権現のひとつで、女峰山の女神、田心姫命(たごりひめのみこと)を祀っています。また、神社の入口前が女峰山登拝道(登山道)の出発点にもなっています。
この神社は弘仁11年(820年)に弘法大師が創建したと伝えられ、明治4年の神仏分離までは楼門に大師の筆といわれる「女体中宮」の額が掲げられ、仁王像が安置されていたといいます。

境内には、7棟の国指定重要文化財(本殿、唐門(附 石玉垣)、拝殿、楼門、鳥居(社殿正面=通称 運試しの鳥居)、鳥居(神木三本杉前)、鳥居(霊石子種石前))をはじめ、他にも影向石(ようごうせき)、石橋(=通称 無念橋)、酒の泉など、見どころも沢山あります。

この神社は「日光の聖地」などといわれるごとく非常に強い力を秘めた場所としてしられます。また、昨今のパワースポット・ブームとも相俟って、知る人ぞ知る日光最高の気場としてここを訪れる人も増えているようですが、それでも日光三内の中心地からは2キロほど離れているため東照宮などとくらべればまだまだ人も少なくその分深遠で厳かな雰囲気を味わえるものと思います。ここを訪れようとされる方は、爽やかな空気感が心地よい朝早い時間帯(9時より前)が断然オススメですよ。
ちなみに、400年前に東照宮ができて江戸などからお参りにくる人々が増加するより以前には、この瀧尾神社が日光巡礼の最終目的地のひとつとされることも多かったそうです。



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